書評「マインドフルネス 基礎と実践」
★★★★☆
■医学的見地からマインドフルネスの効果について記した17の論文集。面白かった。
■小難しい内容で理解は十分ではないが、要は、瞑想訓練を積むと脳が変わるそう。
フォーカスアテンションの瞑想は、認知課題の遂行時に使う脳の部位を活性化する
一方、安静時や心の迷走時に動いて動思考をもたらすDMNという部位の活動を
抑制するのだそう。
DMNによる自動思考から抑うつがもたらされる場合、抑うつを抑える効果が期待
される。
オープンモニタリングの瞑想は、身体的知覚を司り自律神経系の処理を行う部位を
活性化するという。刺激に対する過剰反応を抑制する、ということか。
■マインドフルネス瞑想を行う場合の注意点は、淡々と呼吸に注意を向け続けると
いうこと。
「呼吸から心が離れても、そのことを決して責めたりせず、ただ淡々と呼吸へと
注意を戻す」ことが重要。自分の心の動きや状態に対して、何の評価も判断も
加えず、淡々と観察する。そうすると、思考や感情に対する執着が減少した状態
で認知できるようになるのだという。
■面白かったのは、曹洞宗国際センター所長の藤田一照さんの章。仏教の視点から
今のマインドフルネスに対して批判を加えるもの。
要は、本来仏教ではマインドフルネスは八支正道(正見、正思、正語、正業、正命、
正精進、正念、正定)の一環(正念)と位置づけられており、他の7要素と整合した
ものでなくてはならないのに、今のマインドフルネスは、そのような文脈から
全く切り離された世俗的なもの、”なんちゃって”のものとなってしまっている、と。
仏教の正見が教えているのは、「無我」。自分もその周りの人やモノ、コトも、全て
は一体であり全てが相互に繋がりあって生起している、というもの。
一方で、今のマインドフルネスは、「わたし」を中心に据えてしまっており、
「わたし」の集中力が増加し、「わたし」の創造性を高め、「わたし」のストレス
を軽減し、「わたし」の幸福度を高めることを目指したものとなってしまっていて、
それはおかしいではないか、と。
そしてこう指摘する。
そういう「測定可能な」効果や進歩を始めからアテにしてマインドフルネスを実践するなら、それはブッダの説いたマインドフルネスとは間逆なものになってしまう。なぜなら、そのようなマインドフルネスの実践は、ブッダが苦しみのそもそもの原因であると指摘した「わたしという意識(sense of self)」をますます強化することにつながる
ちょっと共感した部分があった。マインドフルネスをやっていて、ある時期調子が
良くなったんだけど、少し習得してきたところで、ちょっとまた抑うつが出てきた
ことがあった。自分に対する絶望がまた噴出してきてしまったというか。
もしかしたら上記のようなところが原因なのかもしれない、と感じた。